作品と商品について

 

「くまぷんにっきばかりだー!ぷんちゃんをだちてー!

ぷんちゅーばーもまってりゅんだけどー!」

 

しゅみましぇんえん!あとひとつ!

ことしじゅうにつたえておきたいことがありゅの〜!

にぽんごにほんやくちゅー!ぴこぴこーん!

 

最近 作品と商品について考えたり、作家仲間と話し合ったりしたので整理のために書いてみることにしました

 

ぷんの世界を受け取ってくれるみなさまや

悩める作家さんへ、くまぷんの結論をお伝えできたらと思います。

 

作家さんにとったら参考にならないかもだけど、

このくまさんはこんな考えなのねーというひとつの参考になれば。

偏っているかもだけど・・・

 


作品と商品とは


絵においてもハンドメイドにおいても

「作家」と名乗り、「作品」と言うひとが多いです。

そこに作家と受け取り手、はたまた委託販売先やショップとの齟齬が生まれるのではないかなと、最近感じたわけです。

 

誰のためにつくるのか?誰のために売るのか?それは「作品」なのか?それは「商品」なのか?

 

そこって作家にとってもお客様にとってもすごく重要で、ブレてしまうとお互い「?」になるのではないかな?と。

思い至ったわけです。

 

 

そもそも作品って?商品って?言葉の感覚的に違うんだけど、

一般的な考えとしては・・・

 

「作品」・・・売れても売れなくても自分が納得いっていたらオッケー。

「商品」・・・お客様が購入してくれてこそ価値がある。

その違いは、売れるのか、売れないのか。

売れたいのか、売れなくてもいいのかという「お金」が発生する経緯かなと。

 

まずハンドメイドの中でもアクセサリーの分類で言ったらイメージしやすいかなと思います。

 

デザインして、製作して、商品としての価値、クオリティーもあり、

需要もあり、購入していただいて

誰かの手に渡って身につけていただく。

 

その上で

「商品」として手にするけれど

そこに作り手が見え、そのあたたかみ、交流があり、

ただの「商品」以上の物を感じることが

ハンドメイドの魅力かと。

 

商品として成立し、かつ、自分の世界も表現されている作家さんも

ハンドメイド界にはたくさんいて、素晴らしいなあと。思います。

 

その場合購入される「商品」としてのアクセサリーなんだけれど、

改めて考えたときに

「作品」と呼んでも違和感がない!と、個人的に思います。

 

*ぷんちゃんはお金の価値がわからないので、なんでも百億円です*

 

 

では、絵は?

 

絵にもいろいろありますが

絵は総じて「作品」と呼ばれることが多い。

 

でもそれを生業としている人もいますよね。

お金が発生しているし、「商品」ではないのかな?

と疑問に至るので絵にお金が発生する

イラストレーターと画家について知りうることを書いてみます。

 


イラストレーターと画家


まずはイラストレーターというお仕事について

イラストレーターは、

クライアントがいて、発注があり、

ターゲットにあったもの、発注どおりのクオリティー/値段のものを

製作して納品します。広告やデザイン、本や雑誌web用イラストなど活躍の場は様々です。

漫画も最近PRなど広告漫画としての職業が確立されてきています。

サイズや、用途によって値段はピンキリです。

今はストック系のサイトもあり

〇〇なイラスト、年賀状イラスト、など絵を登録すると使いたい人が1カット〇〇円と、

イラストをダウンロードして使用できます。

ダウンロード販売のみで生計をたてているイラストレーターの方もたくさんいますし、

 

個人的に活動して、原画や書籍を販売したり、

企業さんやお店やブランドとタイアップして活躍されている方々もたくさんいらっしゃいます!

 

つぎに画家について。

 

イラストレーターと画家って何が違うのか?画材や技法で呼び名が違うのか、活動場所で違うのか

その辺りも曖昧な部分がありますが。そこは一旦置いておいて、

 

まず画家の絵の価値について。

 

画壇において、絵は「この画家は一号いくら」というふうにサイズで取引されます。

一号というのはハガキサイズ一枚分。

 

日本画だったら、美大卒で無冠のばあい、一号8千円~1万円が相場です。(今はちょっと違うかもしれない)

昨日友人にきいたら油絵や版画も画廊で付けてもらったらそのくらいの相場だったそうな。

そこに、公募展の~展入賞だとか、画廊さんでの販売、個展実績などで、付加価値が付きます。

あと個人的には嫌な話ですが、モチーフが女性だったりヌードだったり、若い作家の自画像だったり、作風も写実的だったりするとウケがよく高値で売れたりもします

 

時間給でということもあまりないし、

画材費やアトリエ代、展示出展費用、販売手数料、その他経費などは考慮しないことが多いかも。

 

画廊やアートフェアなどで絵を購入する人というのは、資産価値としての絵というコレクターさんが多い印象です。(それも今はちがうのかな)

 

画廊さんも、絵をしっかり管理してくれる設備を持っている人になるべくうりたいので、

必然的にそういう方を優先して売ることが多いとか。

先端芸術で活躍する作家さんは、アートフェアなどに出ると自分が値踏みされるような感覚になると教えてくれました。

「きみはいま芸術界のこの流れの上にいて、こういう立ち位置だよね。

きみがいましねば、この作品の価値がすごく上がるのにね。」

そんな声をかけられることもあったとか。

 

かなしいかな。好きで買うというより、資産価値としての芸術という面もあるのです。

 

(完全に余談ですが、

今では公募展会友として認められている女流画家の先生は、最初のころ女性と分かると落とされるので名前の一文字を無くして応募し続けたとか

芸大出身の友人からは、芸大画壇の世界も絵から一度離れ、戻ろうとすると画家仲間から出戻りと言われるなんていう話も聞きます。

ショッキングです。厳しい世界だ。

もうあの閉鎖的な世界には戻りたくないと話してくれた友人もいます。

くまぷんは私立5美大出身ですが、芸大卒の教授が「この学校の卒業生は一度結婚や会社勤めで絵から離れてもまた描き始める人が多いんです。描き続けてください」と最初に言っていたのを思い出します。そういう意味だったんだとその戻りたくないという話をきいて気がつく。

まあ画壇も公募展も話を聞く限り結構狭いコミュニティーだなと感じることがあります。それもまた時代の流れで変わってきているのかなとは思いますが。今はどうなのかな。)

 

画家として生計を立てている人は

毎年自分で個展をし、作品販売をする人もいれば

画廊のお抱えになって制作する人もいます。

 

画廊の人にこういう風な作品は売れるよと言われることも。

 

描きたいものと売れるものがマッチしたらそれはそれで良いですが、画家として食べていこうとなったら毎年の作品数、展示回数、集客さらに作家価値をあげるため公募展に出品して賞を目指す

職業として食べていこうとすると画家もなかなかシビアだなと思います。

 

美術手帖に掲載されたり取り上げられるような人や美術館が作品を買い上げてくれたり、展示を企画してくれるような画家になれるのは一握りです。

 

では、絵においての商品と作品とは?と考えたときに、

 

売れても売れなくても関係ない!これが描きたいから描く!と描いたもの。

それが作品。ということになります。くまぷんの感じる作品、芸術とはこれに近い。

 

でも、そこを目的とした場合、

絵描きとしたらその描きたいものを描く技術、表現力を突き詰めていけたら本望な訳で。

 

究極こもって絵を描き続ければいい訳ですが

なぜ展示をしたり公募に参加するのか・・・。SNSで発信するのか・・・。

 

考えると、くまぷんの場合、最初は認められたい。だったかもしれないですが、今では、

自分てこんな風に世界を見ていますが、あなたはどう見えてますか?っていう確認作業なのかなと。

描くこと自体も、自分を知ることに近いのですが

その世界をみてもらって、反応をもらって、他の人の世界も見せてもらって、

自分の見ている世界のこの部分ってみんなと違うんだ!おもしろーい!という確認でもあるのかなと。

あなたってこう見えているのねー!私はこうなのよー!!と説明することが表現であり。

 

講師的立場で言えば、

より正確に自分の見えている世界を伝えるためのデッサンの練習であり、技術や、

さまざまな表現方法なんだなと言えます。

 

絵を描くこと、物を作ることは、見る力、知る力でもあり、伝える力でもある。

 

そこに表現の面白さがあるのではないのでしょうか。

 

 

恩師があるとき

「展示会をしたら作家仲間がお前の絵は全くわからんと言ってきた。

じゃあその作家仲間だけにわかるように描いてやる!!とそいつのためだけの絵を描いてそいつに伝えるためだけの展示をしたんだ。」

と嬉しそうに話してくれました。大満足な展示になったそうです。

 

自分では「桜」という表現だと思って描いても

違う人には「コスモス」に見えるかもしれない。

誰がどう見ても「桜」にしていくのがイラストだったり、

デザインのお仕事で「商品」を作ることに近いのかも。

 

先生の場合は、みたひと全員に「桜」とわかるものではなく、

この人がどう見ても「桜」とわかるように、絵を描いた。ということになります。

 

それはその人に買ってもらおうと思って描いたわけではなく

わかってもらうため、描いたものなので、

ピンポイントでターゲットにフォーカスしたとしても「作品」なんだよなあ。。。

 

 

ここまで考えて、

商品か作品かで考えていくと、絵ははっきりとは区別できないのかもしれないと思いました。

 

お金をいただいてしまったら商品になってしまうのか

お金をいただいたらそれって芸術とは言えないのでは?なんてストイックな気持ちにもなるのが絵に対してのくまぷんの感覚。

さらに食べるために描いたものは「作品」や「芸術」とは言えない。

それをしてしまったら、自分にとっては作品として価値はなくなると感じるのが本音です。

うーん。。。

 

 


くまぷんにとっての絵


そんな商品と作品、

イラストレーターと画家について知りうることを思い出したり整理したりしてつらつらと

かいてみましたが(偏った知識かな、とも思うので、ちがうよって人がいたらまたおしえてね。)

 

その上で、くまぷんにとっての絵とは?なんだろうかとあらためて考えてて、位置付けしてみました。

まず、

 

ぷんちゃん日本画は、作風も突拍子もないとおもうし、画材もめちゃくちゃな時もあり、心のおもむくまま。自分が受け取ったものを知る確認作業に近く、まさに作品。

支持体もそんなに重要ではなく、飾る時のことはあんまり考えてない。

和紙を切って貼って縫い付けてまた破いて描いて貼ってというプロセスと浮遊感。水の中に浮いている感じ。というイメージが重要で、これまであまり強度を考慮してませんでした。

今は展示しにくいし保管しにくいのでアクリル板にはりつけるということをしています。

美人画も描いていますが、こちらも神社のお参りみたいな感覚で、自分の中にある女神性を訪ねに旅に出るという感覚でとても神聖なものです。

 

売れなくてもいいし、むしろ手放したくないので非売品がほとんどです。

手放したとしても、値段もそんなにこだわっておらず、画壇の新人の相場はこのくらいよね・・・という感覚で決めました。

手放すことになったその後も、あーまた逢いたいなあ、元気かなあとカメラロールで写真を見返しては、思い出します。(女々しいね汗)

 

 

ぷんちゃん水彩画は、

描きまくってきたこれまでの自分の時間、表現力に誇りをもっていて、絶対的!手法として

水彩画を選び、描いています。

講師としても水彩画を伝えるノウハウも実績もある技術で、

くまぷんの人生の中でもっとも時間をかけてきたものが水彩画という位置づけ。

 

圧倒的水彩画!!!!!(カイジのナレーションで)

 

なので自信をもって、作品としても自分が納得いくものだし、

自信をもって、商品としても値段をつけさせていただいていました。

 

と言っても、これも水彩画の新人の画壇の相場は・・・という感覚でサイズで、プラス額代という値段の付け方です。

 

日本画と同じようにものすごく神聖な気持ちで描いていて、一度ダウンロードした世界をブラッシュアップして描き出している感覚なので、

この世界は、明るい祈りや、喜び、優しい気持ちから生まれている。と自分で理解して描いているので、

その気持ちを意識して込めて描き込んでいて・・

(つまりはきゃわいいねーきゃわいいね~なでなで)))てしながら描いているので描き終わるともうほんと最高にきゃわいいく、結局日本画とおなじように毎回手放したくない気持ちになります

お迎えされるのはとってもうれしいんですよ!!!だって好き!って言ってもらえて作品をお金をだしてまで迎えていただくなんて!ものすごい光栄なこと!でもみんなきゃわいいんだもん!!離れたくなくなっちゃうの😂あはは)

 

と、思い至りましたが、

水彩画は作品でもあり、商品でもあるのか・・・

 

でも、描き始めるきっかけは、作品と同じ

結果「商品」としてお金を頂いたけれど、自分でも商品としてお金をいただくのも納得ができ、

後悔がない。

 

という結果に。

線引きは難しいところです。

つまり作品に限りなく近い、結果的には商品?なのかな?

でも私の中では売れても売れなくてもうちでいつまでも可愛がる!愛する作品です。

なので

作品(商品)という位置づけなんだと思い至りました。わかりにくいけど。

 

 

ではでは、

ぷんちゃんハンドメイドグッズは、といいますとこれははっきりと

商品!かなと。

 

ですが!

これまでそこもうやむやになってしまっていました。

 

材料費、作業時間、手数料も考慮して値段をつけさせていただいてはいましたが、

「商品」には相場というものがあります。それも考慮するべき点。

 

受け手がそれでは高いと思えば手にとってもらえないままです。

 

自分の中で「作品」として値段をつけて、売れない売れないと悩んでいたら本末転倒なのではないかな。

 

「品質もこだわっていて、手がこんでいると知っているよ!

すごく魅力的だしこの値段を出して受け取る価値がある!」

 

と感じてもらうものを一人で作るには、大変な技術と時間が必要です。

情報を伝えるにも。信頼していただくにも。

 

作ったからすぐ買ってもらえるわけではないし

発信したからすべてをわかってもらえるわけではないのですから。

 

アクセサリーで言えば

SNSやイベントで出逢いがあり、

最初にこれ買ってみようかな~手頃だし、つけやすそう。て思い、購入したとします。

あれ?ついついこの人のアクセサリーつけちゃうな

あの人のアクセサリーはすぐ壊れちゃったけど

この人のは丈夫だし、私の洋服にすごく合わせやすい

またこの人のアクセサリーほしいな!

そして次の購入をする。

次はちょっとお高いものだったり、一目惚れした新作アクセサリーだったり

そこに値段はもちろん考慮されますが、最初に買ったものより少し高いものでも欲しいなと思う。

信頼と実績が生まれているから。

 

私にもこんな経験がたくさんありますし、ハンドメイドが好きな皆様も同じような経験があるのではないでしょうか。

 

作家さんの人となりを良く知るからこそ欲しいな、身につけたいな、応援したいなということもあります。

 

人に会えなくても、お店の人から、この作家さんはこんな人でこんな想いで作っているんですよって教えてもらえたら、距離が近くなる感覚を覚えたりします。

 

お客様にとっても、普通の商品とはちがう何かをハンドメイドや原画に感じてもらえるかもしれないし

一点ものも多いので、「わたしだけの商品」と感じたら、それはお客様にとっても大事な出逢いであり、「お金以上の価値のある作品」となり得るのかもしれません。

 

そんな側面も経験したり、あると感じたりするので

余計に作り手としては、作品と商品という部分があいまいでした。

 

そこで、絵もグッズも、ハンドメイドも扱うくまぷんは、こう考えていこうときめました。

絵は前述したとおりで

 


グッズ、ハンドメイドは商品!

お客様に届いて作品にしてもらえる!


工芸作家をしている同僚の先生の言葉で心に残るものがあります。

「工芸品は、身につけてもらって、初めて作品として完成する。」

 

そう、うけとってくれるあなたがいるから

くまぷんがつくったものも、作品として完成させてもらえるのだ!

それがとてもしっくりくるー!

 

ここまで書いて気づきます。

 

くまぷんはめちゃくちゃ売れない職人&売れない画家気質だ・・・。(でもそんな自分が好き)

 

こりゃ気に入らないと思ったらお皿を割りはしないけども、お蔵入りさせます。

日の目を見ない物もいっぱいあるなあ。

 

試作も時間をかけるし、一から自分で全部作ってみたい。作りたい!研究者気質でもあるので

採算はまあとれません。

 

試行錯誤して作るプロセスが尊い。好き。大好き。

 

仕事として商品をつくるよりは

作品としてつくりたいタイプなんだなあと。

 

作ってみたい!から、これ、作れる!となって、

じゃあ商品として、クオリティーも追求して作ってみよう。となり、

商品となりうるように作れた!としても

最後は作家として(職人として?)作品ですね!と受け取ってもらいたい。

 

これまで値段を決めたらもちろん、

お金をいただくのでその価値に値するように納得のいくように自分なりに制作してきました。

 

なので商品として制作していたのかなあとも思うのですが

かといって、ほとんど利益はありませんでした

 

(生活するために作家をするのだったら、商品として制作、商品として管理をしていくべきかと)

 

今年は作家としてもやっていけたら!作家である以上売れないと!

なんて販売や個展にも力を入れていこう!というチャレンジも視野に入れて頑張っていましたが、

くまぷんの本質&もとめているものと、その方向が違ったわけです。

これは一個めのくまぷん日記に書いた通り。

 

まさに 最初に言った「作品」と「商品」との齟齬。

自分の中でも、作品と商品の捉え方に、齟齬がうまれていたわけです。

 

 

言葉にすると結局あいまいな気がするしなんの参考にもならないかもしれませんが

作る自分にとったらその捉え方、取り組み方をはっきり認識するとしないとではおおきな違い。

 

 

本当は求めてないのにちがう方向へ向かおうとしていたっていうこと。

 

 

これは作品か商品か?

 

ここには値段も然り、受け取ってくれるお客様のためにつくるのか?自分のためにつくるのか?

 

が大きく反映されるのではないかと。

 

そして活動していく上で

はっきりした定規にもなり、大きな分岐点なのではないかなと。

 


悩める作家さんへ


最近悩める作家さんにむけて、

いろんなノウハウ、ハウツーの書かれた本や講座などがありますが、

藁にもすがりたい気持ちの悩めるハンドメイド作家さんを狙った

高額な講座商法もあるので、注意が必要です。

 

活動方針に迷う作家さんは、そういう高額講座にお金を払う前に

一度自分が作り、描きたいのは作品なのか?商品なのか?

 

誰のために描き、作るのか?

自分が何を大切にしたいのか?

どうして作りたいのか?

 

一度自分で自分のことをわかってあげて、位置づけをしたら活動方針も、

値段も決まるのではないかなと感じます。

 

 

成功方法は人それぞれだし

表現方法も

すすみたい方向も人それぞれ。

 

もし誰でも売れて成功するパターンがあったら

そのパターンを鵜呑みにしてそのまままねっこしたら

まねっこした人そのままだよね。

 

それはその人だからうまく言ったことかもしれないし、自分に当てはめたらうまくいかないかも。

売れればそれでいいのか?そこにあなたはあるの?

 

そこも悩みどころ。

 

あなたは何を大事にしたいの?

 

認められたいから売れたいんだ! < それもおっけー!

 

フリーランスで生計をたてたい! < いいじゃんいいじゃん!

 

つきつめていきたい!この力! < ふおお。。。!それもいいじゃない!

 

目的も大事にしていきたいものも人それぞれ。

本の通り講座の通り、だれかのアドバイス通りにしなくていいんだよね!

 

 

自分にとっての作品、商品の捉え方をはっきりしておくことで、

作家活動していく上での危機管理や対策、対応、方向性、進め方も違ってくる。

と最近思い至った次第です。

 

 

でもいきなり自分が何を求めているのかはわからないので、

できる範囲で、

社会人経験然り、イベントや、展示、委託、無理のない範囲でいろんな体験してみて決める

というのが一番後悔ないとくまぷんは思います

 


くまぷんのまちょめ


そんなわけで筋トレしながら頭の中やくまぷんの気持ちを

整理した結果。(筋トレって言わないなって油断してたでしょ!筋トレ欠かせないよ!すきあらば推していくよ!サイドチェスト!)

 

くまぷんにとって

・日本画は 作品

・水彩画は 作品(だけど自分の中では商品にもなりうる誇りがある)

・絵本や、印刷物グッズやハンドメイドは 商品として恥ずかしくない物を作り(商品として手に取りやすい値段も考慮しつつマイナスにならない値段をつける)(そして受け取ってもらって商品以上の価値を感じてもらえる作品となれたらいいな。)

という位置づけになりました。

くまぷんにはどれにも「作品」という要素はあるんだなあ。

 

幸いにも、くまぷんは食べていくためのお仕事を持っていて、

それも自分の一部であり、一生続けていきたい大切なお仕事です。

ぷんちゃん活動の、原動力でもある。

 

なんだ、そんなお金のこと考えなくてよかったではないか!と目から鱗。

それも進んだ体験があったからこそ思えるんだよね。この間違いに気付けてよかったです。

(続けていけるように、研究に没頭しすぎないよう、マイナスにならないようには頑張りますね!笑)

 

そんなわけで、

ぷんちゃん活動で描いたものは神聖な作品であるし、

作ったものはお金をいただく以上、「商品」として作り上げても

「作品」と呼ぶと思います。最終的には作品として完成してほしいから◎

 

とまあ、考える前と何も変わらないようで、自分の中でははっきりとした線引きはできました。

 

 


 

これもまたいつかくわしくお伝えしたいけど

ぷんちゃんの世界って自分から生まれたというよりは、「預かった世界」という感覚があります。

なので一度くまぷんはこうみえるよーっていうフィルターは通したものだけど、

ぷんちゃんをもしお迎えしてもらったら

自分で名前をつけて

育てていって自分だけのぷんわーるどにしてほしいなと思います。

絵も、ぷんたちも

お顔が変わっていくから面白いな~と。

ふふふ◎愛されてるね~とみなさんのふぉとじぇにっぷんなおしゃしんをみさせてもらっています(^O^)

これからもぷんちゃんワールドを「作品」として、みなさまと作り続けていけたら最高です


 

2018年〜2019年。。。怒涛の2年でした。

ぷんちゃんワールドの成長と共に、自分を少し知ることができました。

活動をここまで続けさせてくださった皆様と、

違う道で共に進み続ける仲間と出逢えたからこそ。

 

心からの花束と、愛を込めて。

ぷんちゃんむらより感謝を申し上げます。

 

来年はぷんちゃん本来の本質というか、よりあたたかい、優しい世界をお届けできるのではないかなと

確信しています!

まだまだ至らぬ、未熟なくまぷんですが、

ぷんちゃんたちを紹介しお届けし続けられるくまぷんでいられるよう、育自&精進していきます!

 

2020年も!よろちきね!

くまぷんより°((o・ω・o))°

 

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